北朝鮮がアメリカに接近!金正恩の真意は?

時事

3度目の米朝首脳会談、板門店で会談

概要

6月30日、朝鮮半島の軍事境界線上にある板門店で、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長が会談。アメリカの大統領が北朝鮮に入国するのは初めてのこと、さらにG20直後の出来事だったため衝撃的なニュースでした。両首脳はTwitterで開催を決めたとしていますが、事前に入念な交渉があったと思われます。

トランプ大統領と金正恩委員長は境界線を挟んで握手し、北側、南側へと移動。韓国の文在寅大統領も同行し、朝鮮半島を巡る3か国が顔を合わせた歴史的な1日に。米朝関係は、ハノイでの首脳会談以後、決裂したと言われていましたが、今回の板門店での会談で非核化に向けた協議再開となったようです。

第1回米朝首脳会談(シンガポール)

アメリカと北朝鮮の首脳による史上初の会談は、2018年6月12日にシンガポールで開催されました。開催前は、北朝鮮の核ミサイル打ち上げを巡って、「ロケットマン」「狂気じみた老いぼれ」など罵倒し合い、一時は開催見送りも検討されました。しかし、韓国の仲介などもあり予定通り実現の運びとなりました。

歴史的な会談は友好的なムードで進行し、北朝鮮の非核化やアメリカ軍人の遺骨返還などの共同声明で合意。背後には、北朝鮮がアメリカに到達可能な大陸間弾道ミサイルの開発に成功したことで、アメリカから重い経済制裁を課せられたこと、石油精製品の年間輸出量を最大90%削減する追加制裁案が可決されたことが影響しています。

第2回米朝首脳会談(ハノイ)

シンガポールでの第1回目に引き続き、2019年2月27日、28日にベトナムの首都ハノイで開催。アメリカ側は、核施設や弾道ミサイル、ミサイル発射装置および関連施設の完全な廃棄を提案しましたが、北朝鮮側は寧辺核施設のみの廃棄と経済制裁などの解除を要求。双方の隔たりが大きかったため、合意文書は締結されませんでした。

そのため、予定されていた昼食会は中止。前回のシンガポールで醸成された米中間の融和ムードは一転し、北朝鮮の非核化は遠のきました。トランプ大統領、金正恩委員長ともに険しい表情で帰国の途についたことが報じられました。これで米中交渉は決裂し、次回の首脳会談開催に暗雲が巻き起こりました。

北朝鮮とは

歴史

1945年、第二次世界大戦終結とともに、それまで日本に統治されていた朝鮮半島は、北緯38度線で分割され、北をソ連、南をアメリカが統治することとなりました。1947年の選挙で南北統一される予定でしたが決裂し、翌年、北は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、南は大韓民国(韓国)として建国しました。

1950年、朝鮮戦争が勃発。北朝鮮はソウルを占領し釜山まで進軍しますが、アメリカ主体の国連軍が巻き返し、平壌に迫ります。すると、中国が北朝鮮に加勢。38度線で膠着状態となり、1953年に停戦協定締結。以後、南北は断絶状態が続き、それぞれソ連、アメリカを後ろ盾に、国の形を固めていきます。

指導者

金日成

1930年代に満州で抗日パルチザンを指導し、1948年、北朝鮮の初代首相に。朝鮮戦争では領土拡大はならずほぼ現状の国土で停戦を迎えますが、日本統治時代に整備された重工業施設などのインフラを生かし、復興ならびに共産主義体制を推し進めていきます。

しかし、軍需産業を含めた重工業を最優先したため人民は疲弊し、政治でも政敵を次々と粛清していくなど組織も硬直化。ソ連崩壊時には社会主義国からの援助も得られなくなり、国際的孤立が鮮明に。晩年は西側諸国からの外貨流入を期待した開放政策を打ち出しますが、1994年に死去しました。

ちなみに、北朝鮮が建国される前、金日成が台頭してくる以前には異説も多く、パルチザン時代とは別人の替え玉説など謎の部分も多い人物です。

金正日

北朝鮮2代目の指導者で、肩書きは朝鮮労働党総書記、国防委員会委員長など。国家元首の地位を正式に継承はしませんでしたが事実上の最高指導者。対外政策に積極的で、2000年に、訪中し江沢民総書記と会談、韓国の金大中大統領と南北首脳会談を行いました。2002年には小泉首相を平壌に招きました。

その一方で、2003年にNPT(核不拡散条約)から脱退したように、核ミサイルの開発は暗黙の事実のものとなり、2006年以降に核実験を継続。アメリカから「悪の枢軸」呼ばわりされるのも構わず、六者会合(北朝鮮核問題の落とし所を探る会合)も交わすなど強硬路線を貫きます。

2011年、心筋梗塞で死去。日本食や日本映画のファンだったというエピソードも残っています。

金正恩

金正日の三男。2011年に金正日の死去に伴い、朝鮮人民軍最高司令官に推戴。朝鮮労働党の総書記と国防委員長は継承せず、新設された党・国家・軍それぞれの第一書記に就任し三権を握る最高指導者に。就任後、張成沢ら先代からの重鎮を次々に粛清し恐怖政治を敷き、国内が非常に不安定であることが露呈しました。

2017年2月6日、マレーシアの空港で異母兄の金正男が暗殺。開明的で北朝鮮の体制に批判的だった金正男を、金正恩が嫌気して指示を出したとみられています。また、アメリカに公然と敵意をむき出しにした声明を発表するなど、一触即発の暴君という見方がありますが、2018年からはアメリカに接近しています。

核開発

北朝鮮が核開発に着手したのは1950年代と思われ、すでに核燃料サイクル技術や兵器に利用可能なプルトニウム、濃縮ウランの生産能力を獲得しています。金正恩が最高指導者になると核開発は加速し、広島・長崎に投下された原爆の8倍ほど強力な威力を誇ると言います。

米中日韓露との六者会合などで核開発の中断、各施設の廃棄などを再三約束してきたにも関わらず、そのたびに反故にしてきた経緯があります。「飛翔体」などと曖昧な表現をされる北朝鮮の核ミサイルですが、毎回飛距離を伸ばすなど成果を出していて、北朝鮮にとって重要なカードになっているため直ちに開発を中止する可能性は低いと見られます。

今後の見通し

2018年のシンガポールでの米朝首脳会談はたしかに歴史的なインパクトを残しましたが、一度きりのパフォーマンスで終わるのではという観測もありましたが、今回で3回目。紆余曲折はありますが、アメリカと北朝鮮は確実に歩み寄っているようです。今後もトップ同士の往来はあるでしょう。

しかしながら、強行で残虐との見方がある金正恩が急速にアメリカに接近している背景には、厳しい経済制裁、金正恩自身の権力維持、軍との不協和音、中国との不和などが考えられます。日本も安倍首相が訪朝に意欲を見せていますが、融和ムードに便乗などという姿勢ではしっぺ返しを食らうことでしょう。

北朝鮮がすんなり非核化に応じるとは考えにくいですが、この1年で大きな動きを見せている東アジア情勢に、隣国である日本も無関心ではいられません。